989年のハレー彗星

 「日本紀略後編九」に永祚元年六月一日庚戌、其日彗星見東西天。七月中旬、通夜彗星見東西天にという記載があります。ユリウス暦で989年7月6日のことです。この年,永延三年は永祚元年と改元されましたが,それは彗星の出現のためのようです。彗星が現れるということはそれほどまでに忌々しき大事件だったのです。また「諸道勘文四十五」には同年8月16日のこととして永延三年七月十三日彗星見東方、経数夜、長五尺許と記されています(斉藤国治「歴史と旅」2001年6月号)。この文章はハレー彗星の到来を伝える貴重な資料で,実際に989年夏の天象を再現してみましょう。

 左図はユリウス暦8月16日(現行のグレゴリウス暦で21日)午前4時の京都の空で,下が東で左が北と描かれています。矢印で示した箇所(ふたごの北)にハレー彗星が見えます。7月初旬に日の出前,東天のおうし座に現れ,次第に東北へ移っていき,下旬にはふたご座に移ります。8月中旬より足を速め,下旬にはしし座とおおぐま座の間を通り抜け,9月上旬おとめ座に達し,下旬にはてんびん座に達します。ただし9月初めに太陽と同方向のため見えない日が数日あった後,日没後の西の空で眺められたはずです。
 ハレー彗星は9惑星とは逆方向に公転しているので,夏に到来した場合は近日点通過前に東天でよく見えます。近日点通過は9月6日で,その前から彗星は太陽と地球の間に入っていますから,彗星の長い尾は地球を包み込んでいます。もし地球が彗星の尾の中に入ることを知ったら大騒動になって改元どころではなかったことでしょう。 晴明,68歳の夏の天象です。
 なおヨーロッパにはこの年の彗星の記録はありません。歴史の中の彗星はここに

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