晴明はクーデターの加担者?
木星は12年弱で天球上を一周するので、この周期でてんびん座α星への犯を起こします。実際974年,962年,950年にも起こっています。 晴明(921-1005)はこの時すでに60歳を越えて天文に熟知していたはず,12年前、24年前の犯について知らなかったとは考えにくい。いやこの度の犯も前もって予知していたかも知れません。
他に天変の可能性はないものか?この時刻には木星・土星はすでに沈み,他の3惑星はまだ東の地平線下です。彼がこのとき見たものは何? 栗田和実氏は23時ころから1時ころまで起った月のすばるへの食を指摘されています。これなら帝が御所を出て山科の花山寺に向かう途中,晴明の家の前を通り過ぎたころに良く合います。筆者は,「前半夜の西空の木星」と「後半夜の東空に半月」とを合わせて2つの独断的解釈を試みました。
晴明は22日の日没後から10時半頃までに天体観測をしていた。雲がかかったり往来したりして観測条件は良くなかったけれど、木星の異常さに気がついて何度も辛抱強く測定した。データを整理し計算の結果、犯が起こったと確信できた時は、すでに夜半を過ぎ月も出ていた。ちょうどそのころ,すばるが月に隠されたのを見て,ことの重大さに驚き、思わず声を出した。そうならば晴明は慎重な天文博士!
ベテラン観測家の晴明はすでに数日前から木星の犯が起ることもすばるの食が起こることも予知していた。彼はこの2つの天変が22日の夜起こることを天皇に奏上すべきなのに,藤原兼家・道兼父子に密告した。彼らは大喜びで,帝に退位を強く勧めた。帝も星のお告げならやむなしとしぶしぶ出家を決意した。晴明は予報が両方とも当たって,帝がすでに退位してしまってから,役目上の義務として報告に行こうとした。そうならば晴明はこのクーデターの加担者!
さて,真相はどちらに?