天文学者祖冲之との出会い

 2007年夏,出張先の天津科技大学の構内で下図のような胸像に出会いました。「祖冲之ってどこかで聞いたことがあるな?」と思い調べてみると1500年前,南北朝時代の数学者で,円周率を詳しく計算したことで有名な人です(430−501)。 sochushi.jpg(604490 byte) 円の周囲の長さ/直径は3.14159265・・・とどこまでも不規則に続く数であることは今日誰もが知っていますが,その算出には紀元前からの歴史があります。ギリシアではアルキメデス(紀元前3世紀)やプトレマイオス(2世紀)たちがすでに3.14という値を求めているそうです。中国でも張衡(2世紀)や劉徽(3世紀)たちが同様な計算をしています。祖冲之の求めた値は現在のものと比べ3.141592まで正確で,1500年前としては世界の最高レベルでした。ヨーロッパでこれより詳しい値が知られたのは16世紀になってから,すなわち祖冲之は1000年以上も世界最高記録を持っていたことになります。今日のような数字も数式もない,もちろん計算道具もない時代に彼はどんな方法で計算したのでしょうか?半径 0.5の円に内接する正6角形の周囲の長さは 3 で,正8角形,正12角形,正16角形・・・・・としていけば次第に正確な値に近づきますが,彼の値を求めるにはなんと正24576角形を 描かねばならないそうです。
 ところで祖冲之の役職は「太史令」という天文官かつ歴史官です。古代中国では人民に時を知らせることは皇帝の重要な仕事であり,そのため暦の作成・配布のために専属の官吏が任命されていました。彼らはカレンダーを作るだけでなく,日食・月食・惑星運行の記録や予報も行っています。日食予報をサボったためクビになった(解雇ではなく死刑)天文官の話も残っています。さらに占いもしましたが,今のように個人の金運・愛情運というものではなく,国家の安泰・王朝の命運を占ったのです。また歴史の編纂もします。かの大歴史学者である司馬遷(BC145-BC87)も漢の太史令でした。当時の天文学者の仕事は命がけで,ほしぞらを眺める余裕はなかったでしょうね。
 天文学者としての業績は「大明暦」を作ったことです。暦を作るのに面倒なのは端数の問題です。1年は365.242194・・・日,1月は29.530589・・・日,その比は12.36842・・・,どうしてもきれいな整数比になりません。したがって,何年かに何度かは閏月をおいて1年13月としなければならないのです。 それには12.36842・・・に近い分数をさがすことで,もっとも簡単なのでも235/19です。この数値はすでに約2400年前に中国とギリシアで独立に見つかっていました。すなわち19年が235月で,235=19×12+7だから19年に7回ほど閏月を置くというものです(メトンの周期:章)。ところがこれでは100年もすると半日の誤差がでるので,祖冲之は4836/391という値を見つけました。4836=391×12+144だから391年間に144回閏月を置くということになります。 実際こうすれば数百年間で誤差は数時間以内に収まります。この暦は作成が難しかったせいか,採用されたのは彼が亡くなって50年後のことでした。実はその途中に 4131/334とか4366/353いう値もあります。左表はその計算結果で,求める分数は m/n で,第3欄からはこの n 年間に置くべき閏月の回数,次にこの n 年と m 月の誤差(日),そして100年間の誤差(時)を表しています。余りと2重ループと If 文の演習問題ですから,トライしてみませんか。ただしまともにやるとPCが停まってしまいますからご用心を。 円周率といい暦といい,彼はよっぽど計算達者だったのでしょう。果たしてどんなアルゴリズムを使ったのか?これらは彼の『綴術』という著書に書いてあるそうですが,残っていません。
zu.jpg.png(24845 byte)   帰国してから彼の名がついた小惑星があることがわかりました。実は学生が調べてメールで知らせてくれたのです。それは(1888)ZuChong-Zhi,祖冲之の中国語読みです。早速,軌道要素を調べると火星と木星の間にあり,太陽の周りを約4年で公転しています。右図は2007年9月17日の惑星配置で,木星と同方向,さそり座にあります。軌道線は内側から水星・金星・地球・火星・ZuChong-Zhi・木星・土星です。さらに彼の名がついている月のクレータがありTsu Chung-Chiという名で登録されていることがわかりました。小惑星にも月にも名づけられたというと,コペルニクスやケプラーなみの大天文学者と評価すべきなのでしょうか。ともあれ,中国でこのような人と出会えたことは幸運でした。

なおこの小文はKCGブログに載った私の記事をまとめたものです。